創立年代は不明、武蔵風土記稿に村内の福正寺持ちで「九能社」と掲載あり。
清和源氏義朝の三男源頼朝が敷いた駿河の黄瀬川陣に異母弟の源義経が奥州から駆けつける途中当地古沢で一夜を過ごす。
村人から歓待を受けた義経は謝意を表すため小刀(併せて鉄扇)を贈ったという(治承4年1180年)
文治五年(1189年)に奥州衣川の館で自害したとされる源九郎義経を建長年間(1249~1256)この社に祭礼。
【祭神】
源九郎判官義経(みなもとのくろうほうがんよしつね)
伊邪那岐命
菅原道真(すがわらのみちざね)
宇迦之御魂
【祭事】
大祭9/20(祝日)
【紀行説明】
源義経が兄頼朝のいる駿河黄瀬川の陣に向かう途中にこの地に宿泊した。お礼の品を置いて行ったそうだ。狼の由来はよくわからないが多摩丘陵も昔は狼の生息地だったので、狼信仰の対象地だあったのであろう。
詳しい歴史は後日調査する。狼の像は対の石像だが社の前にはなく現在の位置に移動したようだ。狼像はお顔の特に耳の部分が破損しており、表情はよくわからないがどちらも小さく口が開いているが阿吽の像であろう。